大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成4年(ネ)129号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人から八二万四〇〇〇円の支払いを受けるのと引き換えに、控訴人に対し、一一八四万四一四七円を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決の一1項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一一九六万八六四七円及びこれに対する昭和六二年一二月一日から支払いずみまで一日につき一〇〇〇分の一の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、建築・設計の請負、土木工事の設計、請負等を目的とする会社である(控訴人は、平成三年一一月一日、有限会社丸共を株式会社丸共に組織変更した。)。

2  控訴人は、昭和六一年一二月二四日、被控訴人との間で、次のような内容の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(一) 工事内容 被控訴人宅(木造二階建住宅)増築工事(以下「本件工事」という。)

(二) 工事期間 昭和六二年二月から同年一一月末日まで

(三) 引渡時期 完成の日から一〇日以内

(四) 請負代金 一六五〇万円

(五) 右支払方法 契約締結時に一〇〇万円、昭和六二年四月末日限り四〇〇万円、完成引渡時に一一五〇万円を支払う。

(六) 遅延損害金 工事代金の支払いを遅滞したときは、一日につき遅滞額の一〇〇〇分の一に相当する金額を支払う。

3  控訴人と被控訴人とは、その後、請負代金四六万八六四七円の追加工事(以下「本件追加工事」という。)を行う旨合意した。

4  控訴人は、右追加工事を含めた本件工事を完成し、昭和六二年一一月末日、完成した建物(以下「本件建物」という。)を引き渡した。

5  ところが、被控訴人は、昭和六一年一二月二九日に一〇〇万円、昭和六二年七月一七日に四〇〇万円をそれぞれ支払ったのみで残金を支払わない。

6  よって、控訴人は、被控訴人に対し、請負代金合計一六九六万八六四七円から弁済ずみの五〇〇万円を差し引いた残請負代金一一九六万八六四七円及びこれに対する引越しの日の翌日である昭和六二年一二月一日から支払いずみまで約定利率一日につき一〇〇〇分の一の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  控訴人の請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

ただし、(二)の工期、(五)の四〇〇万円の支払期日及び(六)の遅延損害金の約定は否認する。工期は昭和六二年二月から同年一〇月一五日までの約定であったし、四〇〇万円の支払期日及び遅延損害金の約定は成立していない。

3  請求原因3の事実は否認する。

控訴人が追加工事として主張するトイレの便器代金は、当初の見積書に計上されており、二重請求である。

4  請求原因4の事実は否認する。

5  請求原因5の事実は認める。

三  被控訴人の主張

1  本件建物の完成・引渡しについて

本件建物は完成していないし、未だ引渡しがなされていないから、控訴人は、本件工事の請負代金を請求できないし、被控訴人は、本件建物の引渡しを受けるまで右代金の支払いを拒絶する。

2  本件工事には、以下のとおり、施工すべき工事を実施していないか、あるいは施工した工事が通常有すべきの機能・性質を有していない瑕疵があり、右瑕疵の修補のためにはそれぞれ記載の費用を要する。

(一) 本件建物北側の差し掛け小屋設置工事が施工されていない。

工事費用一八万二〇〇〇円

(二) 下駄箱が作られていない。

工事代金一〇万三八〇〇円

(三) 堀こたつが、枠を作ってコンクリートを打ったのみで、電気配線もなく、やぐらも作られておらず、堀こたつとしての用をなさない。

工事代金七万六五〇〇円

(四) 調理台移動後の壁修復工事が施工されていない。

工事費用一八万二〇〇〇円

(五) 仮設道路の撤去工事が施工されていない。

(六) 納屋の廃材の撤去工事が施工されていない。

工事費用六万五〇〇〇円(本件工事全体の撤去費用の一割に相当する。)

(七) 納屋土間のコンクリートに亀裂が入っている。

補修費用三〇万八〇〇〇円

(八) 二階和室の中央部分の床板が盛り上がり、障子やアルミサッシ戸の開閉ができない。

補修費用三五万八〇〇〇円

(九) 本件建物南側のひさしは、設計図では化粧ひさしになっているのに、実際はモルタルの粗末なひさしになっている。

(一〇) 玄関ポーチの壁は、設計図では鴨居までタイル張り仕上げとなっているのに、実際はタイルが張られていない。

補修費用七万八〇〇〇円

(一一) 電話配線接続工事に瑕疵がある。

補修費用二万五〇〇〇円

(一二) 台所つり戸棚の取付工事に瑕疵がある。

補修費用五万五〇〇〇円

3  被控訴人は、控訴人が前記2の瑕疵を修補するまで又は前記2の瑕疵に基づく損害賠償をするまで本件工事の請負代金の支払いを拒絶する。

4  控訴人は、昭和六二年一二月一八日ころ、施工していない工事や修補を要する工事があったにもかかわらず、これを一方的に中止した。

被控訴人は、昭和六三年一月一四日、未施工工事や修補工事の履行を請求し、同年三月一九日には、右工事を履行しないのであれば、損害賠償を請求する旨申し入れた。

控訴人は、右工事を履行せず、損害賠償にも応じない。

その結果、被控訴人は、紛争中の本件建物(ただし、風呂場は除く。)を使用できず、その不利益は四年間に及んでいる。しかも、本件建物は、相当中古化し、前記瑕疵を修補しても、建物としての価値の減少は免れない。

前記瑕疵の修補ないし損害賠償によっても償われない損害は、一〇〇万円を下らない。

被控訴人は、控訴人が右損害賠償をするまで工事代金の支払いを拒絶する。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の反論

1  被控訴人の主張1は争う。

2  同2は争う。

下駄箱及び廃材の撤去は、被控訴人の父親(代理人)村越幸三の了解で、控訴人が行わないことの了解を得た。本件工事がもともと請負代金以上の工事であったため、請負代金から右工事代金を控除しない旨合意した。

堀こたつは、炭火用のものであるから、電気配線がないのは当たり前であり、やぐらは設置した。堀こたつとしての用を足すものである。

電話線接続工事は、電話局が行うもので、控訴人のような建築業者が行うものではない。

納屋土間のコンクリート工事では、ひび割れは避け難い。予算的にかなり押さえられた本件請負契約では、使用上支障をきたすものではないことをもって十分である。

二階和室の凸状態は、わずかであり、生活上の支障が生じるものではない。仮に、瑕疵としても、修理費用は一八万五〇〇〇円で足る。

玄関ポーチのタイル張りは不足していない。本件建物が北側に約一尺ずれた結果にすぎない。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

5  仮に、被控訴人が本件請負契約に基づく瑕疵による損害賠償請求債権を有するとしても、被控訴人が右損害賠償請求債権と同時履行を主張し得る請負代金額の範囲は、公平の原則上、右損害賠償額の範囲に限られると解すべきである。

控訴人は残請負代金一一五九万八八三七円を有しており、原判決が認める被控訴人の損害賠償請求債権は八二万四〇〇〇円に過ぎないのであるから、残った請負代金の全額について同時履行の抗弁権を肯定し、履行遅滞を認めないのは、公平の原則に反する。同時履行の抗弁は、被控訴人に認められる損害賠償請求権の範囲に止め、損害賠償金八二万四〇〇〇円を控除して残った請負代金一〇七七万四八三七円については、履行遅滞の責任を認めるべきである。

そもそも、本件工事の現場は、山の中腹にあり、資材の運搬や人員の派遣に困難をともなう工事であった。控訴人は、この点がよく分かっていたので、本件工事の請負を辞退したが、本件工事を紹介した谷口敏彰の要請で本件請負契約を締結することにした。控訴人は、自己の費用負担で取付け道路を開設し、本件工事に着手した。本件請負代金は一六五〇万円であるが、右請負代金以上の工事を行った。ところが、被控訴人は、取付け道路の撤去を要求する等非常識な要求を持ち出し、控訴人を困らせた。控訴人は、被控訴人のいうとおり手直ししたが、いくら手直ししても控訴人側の誠意が通じないのであれば、やむを得ないと考え、本件建物はすでに完成して使用するには支障のない状態になっていたので、後に手直しは別の業者にやってもらい、その費用を工事代金から引いていただいて結構である旨告げて、本件工事を終了した。

したがって、仮に本件工事に瑕疵があったとしても、多額の残った請負代金全額の支払いの拒絶を認めるのは、信義則に反し、権利の濫用である。

6  控訴人は、昭和六三年一月二五日ころ到達の書面ないし平成四年一〇月一三日の当審第三回口頭弁論期日において、前記残請負代金債権をもって、被控訴人の有する損害賠償請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

五  控訴人の反論に対する被控訴人の主張

1  控訴人は、本件工事を完成させず、途中で投げ出した。このような控訴人に報酬請求が認められ、責めない被控訴人が高額な遅滞損害金を支払わさせるのは不条理である。

仮に、控訴人が出来高に応じた報酬請求ができるとしても、被控訴人にとってその金額は不明である。控訴人は、未完成部分及び瑕疵について他の業者に工事させて工事代金から差し引いてよい旨申し入れてきたが、これらを差し引いた金額の明示はないし、その請求もなかった。控訴人から、合理的に根拠を示した残金額の請求がない限り、被控訴人が残請負代金について遅滞に陥ることはない。なぜなら、被控訴人が未完成部分及び瑕疵修補の工事代金を合理的に判断することはできないからである。

少なくとも、被控訴人は、未完成部分及び瑕疵修補部分の工事代金を減額した金額が一〇〇〇万円に相当すると判断し(原審の判断に照らせば、被控訴人の右判断が適正であったことが客観的に裏付けられている。)、これを支払う準備(被控訴人の代理人立岩弘弁護士に現金一〇〇〇万円を預けた。)をした上、控訴人に一〇〇〇万円の支払いを申し入れたところ、控訴人はこれを拒否したから、被控訴人は、口頭の提供をなしたものとみなし、履行遅滞の責任を負わないと解すべきである。

被控訴人は、控訴人が前記一〇〇〇万円の受領を拒否したため、本件請負契約を斡旋した谷口敏彰の立合いのもと、控訴人請求の金額を支払うから、控訴人が未完成部分及び瑕疵修補部分の手直し工事を続行することを求めたが、控訴人は、これを拒否し、本件訴えを提起した。原審の和解期日においても、被控訴人は、同様に一〇〇〇万円を支払う旨の提案をした。しかし、控訴人は、約定どおりの違約金を支払うのでなければ、和解に応じられないとして、被控訴人の提案を拒否した。

右のとおり、被控訴人は、一〇〇〇万円という適正な金額の支払いを提案したり、手直し工事を続行すれば請求金額を支払う旨申し入れる等紛争の早期解決のため努力した。しかし、控訴人は、かたくなに被控訴人の申入れを拒否するのみで、問題解決の努力をしなかった。本件の解決が遅れたのは、もっぱら控訴人の態度にあるのであり、控訴人の責任で問題解決が遅れながら、遅延損害金を請求できるとするのは、明らかに信義則に反する結果となる。

2  控訴人は、原判決の仮執行宣言に基づき、強制執行を申し立て、反対給付八二万四〇〇〇円を提供した。被控訴人は、平成四年五月一三日、控訴人に対し、八二万四〇〇〇円の支払いを受けるのと引き換えに一一五九万八八四七円を支払った。

控訴人の請負報酬債権は、右のとおり弁済により消滅したから、控訴人の相殺の主張は許されない。少なくとも、控訴人は、原判決に従い、反対給付を提供して被控訴人に債務の履行を求めながら、控訴審において、被控訴人の同時履行を争い、弁済の事実と相矛盾する相殺を主張することは許されない。

また、同時履行の抗弁権がついた債権の相殺において、自働債権が受働債権より多額な場合には、相殺は許されない。

仮に、相殺が認められるとしても、残債権の遅滞は、相殺の日の翌日になると解すべきであり、控訴人はそれ以前に弁済を受けているから、本件において遅延損害金は発生していない。

六  被控訴人の主張に対する控訴人の再反論

被控訴人からの一〇〇〇万円の支払いの提案に対し、控訴人は、内金として受け取る旨回答した。被控訴人は、一〇〇〇万円の支払いですべて解決ずみであること(すなわち示談)にしなければ一〇〇〇万円の支払いはできない、内金としては支払えない旨申し入れてきた。しかし、本件工事は、紹介者の懇請により請け負ったもので利益の見込めない仕事であったので、一〇〇〇万円での示談には応じられなかった。

被控訴人は、示談に応じなければ一〇〇〇万円を支払う意思はなかったのであるから、口頭の提供とはいえない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2、5の事実は、工期、中間金の支払期日及び遅延損害金の約定を除き、当事者間に争いがない。

本件請負契約の工期は、当初昭和六二年二月から同年一〇月一五日までと合意されたが、同年一一月中旬までに変更されたこと(甲第一号証の二、原審における控訴人代表者尋問の結果)、本件請負契約では、四会連合協定の工事請負契約約款による旨合意され、被控訴人は、請負代金の支払いを遅滞したときは一日につき遅滞額の一〇〇〇分の一の違約金を支払う旨記載された右約款の交付を受けたこと(甲第一号証の二、三、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)、が認められる。

したがって、本件請負契約の工事期間は、昭和六二年二月から同年一一月中旬との約定であり、工事代金の支払いを遅滞したときは、一日つき遅滞額の一〇〇〇分の一の違約金を支払う旨の約定が成立した、と認めるのが相当である。

なお、中間金の支払期日の点は、約定の有無にかかわらず、請求原因5のとおり中間金は支払われているので、本件の中心的争点の判断とは関係がない。

三  本件追加工事について

本件証拠(甲第一号証の二ないし九、第二号証の一、乙第一〇号証、原審証人吉野嘉純及び同村越幸三の各証言、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件工事の過程において、被控訴人の指示で追加・変更工事が行われた。その結果、次のとおり、工事代金が合計二五万五一四七円ほど増額した。

(一)  雑工事の増加分    三万三〇六五円

(二)  階段下の物入れ工事  七万七〇〇〇円

(三)  電気工事の増加分  一〇万九〇〇〇円

(四)  照明工事の増加分   三万六〇八二円

2  控訴人は、被控訴人が他の業者に作成させていた設計図を参考にして、本件建物の設計図を作成した。ところが、現地敷地の確認が十分でなかったため、本件建物を設計図どおり建築すると建物が南側道路部分に掛かるという設計上の過誤のあることが判明した。本件建物を、設計図より北側に約三尺ずらして建築することになった。

ところが、本件建物の建築位置がずれたため、本件建物の新しい二階の便所の位置が在来の位置にある階下母屋の台所の調理台の真上にくることになった。そこで、母屋の台所の調理台を移動させて壁を作り直す追加工事を行うことになった。

右母屋台所の改修工事の代金は、八万九〇〇〇円と見積もられた。

右1及び2の認定の事実によれば、本件請負契約の本件追加工事の代金は合計三四万四一四七円である、と認めるのが相当である。

控訴人は、便所の便器についても変更工事があった旨主張するが、便所の増加工事の請求書(甲第二号証の二)の記載内容と見積書(甲第一号証の五)の記載内容と比べても、いかなる変更・追加工事があったか明らかでなく、便所について追加・変更工事があったとの心証は得られない。

四  本件建物の完成・引渡しについて

建物建築の請負契約において、請負代金の支払の要件とされている仕事の完成とは、請負工事が当初予定された最終の工程まで一応終了したことをいい、請負工事全体の中で重要かつ本質的でない部分の未施工や欠陥は瑕疵担保責任の問題になると解するのが相当である。また、目的物の引渡は、特に反対の事情が認められない限り、注文者が竣工検査に立会ったのち注文者自身もしくはその占有補助者が建築された建物のたとえ一部にでも入居しあるいはこれを使用するに至ったような場合には、あったものと認めるのが相当である。

これを本件についてみるに、本件証拠(甲第一号証の八、第五号証の一、二、第九号証の一ないし三、乙第二ないし第五号証、第一六号証、原審証人吉野嘉純、同村越幸三及び同谷口敏彰の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件建物の建築工事は、昭和六二年一一月末ころまでに、建築検査後に行う予定であった北側の差し掛け小屋の設置工事を除いて(ただし、追加工事である母屋の台所改修工事の一部も残っていた。)ほぼ終了した。

2  控訴人代表者小田円一は、昭和六二年一一月二七日ころ、被控訴人に対し、本件建物の検査を求めた。被控訴人は、右求めに応じて検査に立会ったが、その際本件建物の瑕疵として納屋のコンクリート床のひび割れや二階和室の鴨居の取替えなど約一〇カ所の修補を求めた。

3  控訴人は、昭和六二年一二月八日ころまでに、被控訴人から指摘された瑕疵のうち、納屋のコンクリート床のひび割れを除く瑕疵を修補した。納屋のコンクリート床のひび割れの修補は、差し掛け小屋の設置工事とともに後で行う予定であった。

4  村越幸三は、右瑕疵の修補のほか、更に玄関ポーチのタイル貼り工事等を行うように求めた。これに対して、控訴人代表者小田円一は、本件請負契約の単価が安いのでそこまでの工事はできない旨拒否した。

5  昭和六二年一二月一〇日ころ、被控訴人から控訴人代表者小田円一に電話があり、同人が本件請負契約の単価が安い旨説明して修補を拒否したことに強い抗議があった。小田は、被控訴人の態度が強硬であったので、控訴人が未施工工事や修補工事をしても被控訴人の意にそうことはない、と判断し、残り工事の施工を中止した。

6  控訴人は、昭和六三年一月二五日付け書面をもって、被控訴人に対し、納屋のコンクリート床の亀裂や差し掛け小屋の設置等は他の業者に依頼してもらい本件工事の代金から差し引くことで話しをしたい旨申し入れた。

これに対して被控訴人の依頼を受けた弁護士立岩弘は、被控訴人から現金一〇〇〇万円を預かった上、控訴人に対し、修補費用を残代金の約一割とみて請負代金一〇〇〇万円を支払うことで本件紛争の解決を図ることを提案した。控訴人代表者小田円一は、右提案を拒否したが、修補費用はいくらが相当であるか、請負代金からいくらを差し引くべきであるか等の申し出は一切しなかった。

7  本件建物には、約定の工事の未施工部分やいわゆる欠陥が存在するが、居住に使用するのに支障がない程度に出来上がっている。ただ、被控訴人は勤務の関係で呉に居住しており、本件紛争が生じていたこともあって、本件建物は、被控訴人の親が浴室部分を利用するほかは現実に利用されていない。

右認定の事実を総合すれば、本件建物は昭和六二年一一月末ごろに完成し、被控訴人に引き渡された、と認めるのが相当である。したがって、本件建物が完成していないから、控訴人は請負代金の請求ができない、あるいは本件建物の引渡しと引き換えに請負代金を支払う旨の被控訴人の主張は失当である。

五  本件工事の瑕疵について

本件工事には、以下のとおりの瑕疵があり、被控訴人は、控訴人に対し、合計一三二万一三〇〇円の損害賠償請求権を有する、と認められる。

1  本件請負契約では、本件建物の北側に差し掛け小屋を設置する約定であったが、控訴人は、これを施行しなかったこと、右設置工事の費用は一八万二〇〇〇円を要することが認められる(甲第一号証の八、乙第一号証、第五号証、原審証人畑中博臣及び同村越幸三の各証言、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)。

したがって、被控訴人は、右差し掛け小屋設置工事の費用一八万二〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

2  本件請負契約では、下駄箱を設置する約定で、その工事費用を一〇万三八〇〇円と見積もっていたが、被控訴人において下駄箱を用意することになり、控訴人は、右下駄箱を設置しなかったことが認められる(甲第一号証の五、原審証人吉野嘉純の証言、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)。控訴人代表者は、下駄箱設置費用は差し引かないことで合意した、と供述するが、採用できない。

とすれば、被控訴人は、控訴人が施工しなかった下駄箱設置工事の費用一〇万三八〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する(被控訴人は、控訴人が下駄箱を設置しないことを了解しているが、右設置工事の代金相当額を請負代金額から差し引かないことまでを承諾したとは認められず、被控訴人が右工事代金相当額の損害賠償請求債権を取得したとの認定を妨げるものではない)。

3  本件請負契約では、堀こたつを設置する約定で、その工事費用を七万六五〇〇円と見積もっていたが、控訴人は、右堀こたつを設置しなかったことが認められる(甲第一号証の五、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)。

したがって、被控訴人は、右堀こたつ設置工事の費用七万六五〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

4  本件工事では、前記説示のとおり、母屋の台所の改修工事を追加工事として行うことになったが、母屋台所の壁をベニヤ板でふさいだままで改修工事が未施工であること、右改修工事の費用は七万円と見積もられることが認められる(乙第一号証、第六号証、第一一号証、原審証人畑中博臣及び同村越幸三の各証言、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)。

したがって、被控訴人は、台所壁の改修工事費用七万円相当の損害賠償請求債権を有する。

5  本件工事において、資材搬入のため控訴人が被控訴人の了解を得て本件建物敷地に通じる道路を取り付けたこと、しかし、右道路の撤去については何らの話し合いもなかったことが認められる(乙第七号証、第一一ないし第一三号証、原審証人村越幸三の証言、原審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果)。

そして、右道路の機能や撤去費用額(甲第七号証、原審証人大山雅也の証言参照)に照らせば、右道路の撤去工事が当然に本件請負契約の工事内容に含まれると解することはできない。

したがって、右取り付け道路を撤去しないことをもって、本件工事の瑕疵とまで認めることはできない。

6  本件請負契約では、本件建物の敷地に建っていた納屋を解体・撤去する約定であり、その工事費用として六五万円を見積もっていたこと、ところが納屋の廃材の撤去がなされていないことが認められる(甲第一号証の五、乙第六号証、原審証人村越幸三の証言)。右廃材の撤去工事を行わない旨の了解を得た事実を認めるに足りる証拠はない。

右廃材の撤去工事費用は、納屋の解体・撤去費用の一割である六万五〇〇〇円が相当と認める。

したがって、被控訴人は、納屋の廃材撤去工事費用六万五〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

7  本件建物の納屋部分の床に張ったコンクリートに亀裂が生じていること、本件請負契約の工事仕上げ表では、納屋の床はコンクリートのコテ押さえをすることになっているが、見積書ではモルタル塗りとなっていること、床の亀裂を避けるためにコンクリートのコテ押さえをするのが通常の標準的工法であること、控訴人は、被控訴人に対して、納屋の床をコンクリートのコテ押さえではなく経費の安いモルタル塗りにすることを説明して了解を得ていないこと、前記亀裂は、控訴人が納屋の床に強度の弱いモルタル塗り工事を採用し、しかもその厚さも不足することが原因であること、右亀裂を修復する工事には三〇万八〇〇〇円の費用を要することが認められる(甲第一号証の五、七、乙第六号証、原審証人畑中博臣及び同広瀬和彦の各証言、原審鑑定の結果)。

とすれば、被控訴人は、納屋の床のコンクリートのひび割れの補修費用相当の三〇万八〇〇〇円の損害賠償請求債権を有する。

見積書には、モルタル塗りの工事費用を計上している。しかし、工事仕上げ表ではコンクリートのコテ押さえをする旨記載されているし、コンクリートのコテ押さえが標準的工法であると認められるのに、控訴人は被控訴人に対してモルタル塗り工法で工事する旨説明してその了解を得ていないのであるから、見積書の記載をもって納屋の床のコンクリートはモルタル塗りによる旨の約定であったと認めることはできず、モルタル塗りしたコンクリート床は通常備えるべき性質を欠く瑕疵があった、と認めるのが相当である。本件請負契約の請負金額が工事内容に比べて安くなっていたからといって、当然にモルタル塗りにすることが許されると解することはできない。

8  本件建物の二階和室の中央部分の床が盛り上がり、障子やアルミサッシ戸の開閉が困難になっていること、その原因は、控訴人が取り付けた根太の高さが床梁を挟んで左右で異なるため床板を持ち上げることにあること、その修補に三五万八〇〇〇円の費用を要することが認められる(乙第六号証、第一四号証、原審証人畑中博臣、同村越幸三及び同広瀬和彦の各証言、原審鑑定の結果)。

とすれば、被控訴人は、本件建物二階和室の床が盛り上がる瑕疵を修補する費用三五万八〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

9  本件建物の南側のひさしが設計図と異なるモルタル作りとなっていることが認められるが(甲第一号証の八、乙第六号証、原審証人吉野嘉純及び同村越幸三の各証言、原審における控訴人代表者尋問の結果)、右瑕疵の修補費用を具体的に認定できる証拠がない。

10  本件請負契約では、仕上表上、本件建物のポーチの壁は鴨居の高さまでタイル張りにすることになっていたが、鴨居の高さまでのタイル張りは施工されていないこと、タイルを鴨居の高さまで張る工事の費用は七万八〇〇〇円を要することが認められる(甲第一号証の七、八、乙第一号証、第八号証、原審証人畑中博臣、同吉野嘉純及び同村越幸三の各証言)。

とすれば、被控訴人は、タイル張り工事費用七万八〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

本件建物を北側に移動させたことは、鴨居の高さまでタイルを張らなかったことが瑕疵であるとの認定を左右する事情とは認められない。

11  本件工事で取り付けられた電話配線の接続は不完全であり、これを修補する費用として二万五〇〇〇円を要することが認められる(乙第一号証、第六号証、原審証人畑中博臣及び同吉野嘉純の各証言)。

したがって、被控訴人は、右電話配線の接続工事の費用二万五〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

12  本件工事で取り付けられた台所のつり戸棚には開閉ができない瑕疵があり、これを補修する費用として五万五〇〇〇円を要することが認められる(甲第七号証、乙第六号証、原審証人大山雅也の証言)。

したがって、被控訴人は、右つり戸棚の補修費用五万五〇〇〇円相当の損害賠償請求債権を有する。

13  以上のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、本件工事の瑕疵による合計一三二万一三〇〇円の損害賠償請求債権を有すると認められる。

六  同時履行の抗弁について

1  控訴人は、すでに説示したとおり、被控訴人に対し、本件工事代金残一一五〇万円と追加工事代金三四万四一四七円との合計一一八四万四一四七円の請負代金請求債権を有する。

他方、被控訴人は、前項で説示のとおり、控訴人に対し、本件建物の瑕疵による損害賠償請求債権一三二万一三〇〇円を有する。

とすれば、被控訴人は、民法六三四条二項後段の規定により、右損害賠償金一三二万一三〇〇円の弁済を受けるまで追加工事代金を含めた本件工事代金残一一八三万四一四七円の支払いを拒絶することができる(なお、被控訴人は、修補請求債権との同時履行も主張しているが、控訴人が修補を拒絶していることはすでに認定したとおりであり、被控訴人は、本訴において、修補に代る損害賠償請求をしているのであるから、被控訴人は、損害賠償請求債権を選択したものと認められ、修補請求はなし得ないと解するのが相当である)。

2  被控訴人は、右同時履行の抗弁権の行使し得る範囲は、公平の原則上、損害賠償額の範囲に限られるべきである旨主張する。

しかし、民法六三四条二項後段は、請負契約の当事者の有する請負代金支払義務と瑕疵の修補義務ないし損害賠償義務との相互間には、その全部に牽連関係があることから、民法五三三条の規定を準用したのであるから、注文者の負担する請負代金支払義務が可分である場合においても、その給付の価額又は価値に比して請負人のなすべき給付の価額又は価値が著しく少ない等、請負人が債務の履行を提供するまで自己の債務の全部の履行を拒むことが信義誠実の原則に反するといえるような特段の事情が認められない限り、同時履行の抗弁をもって履行を拒絶できる債務の範囲が一部に限定されるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人の負担する請負代金の支払義務そのものは可分な給付であるが、控訴人の負担する修補に代わる損害賠償義務との対応関係は明確にはできないから、全体として牽連関係があり、全面的に同時履行の関係を生じると解するのが相当である。

控訴人の負担する損害賠償義務は一三二万一三〇〇円であり、被控訴人の負担する請負代金支払義務の一一八四万四一四七円の約九分の一に過ぎないが、控訴人の負担する損害賠償義務自体決して軽微な金額とはいえないし、控訴人は、昭和六三年始めころ、一〇〇〇万円の支払いで一切を解決する旨の申入れを受けたが、これを拒否しながら、具体的な修補費用を明らかにする等して交渉していない、との前記認定の事情をも考慮すれば、被控訴人が、控訴人の損害賠償債務の履行の提供あるまで自己の請負代金債務全額の履行を拒絶して請負代金債務の履行遅滞の責任を免れしむることが信義誠実の原則に反するとまでは認められない。控訴人は、本件請負契約締結の経緯や工事内容、更には手直し工事の実施の状況をもって、請負代金全額の支払いの拒絶を認めるのは、信義則に反し、権利の濫用である旨主張するが、控訴人の主張するところをもって、信義則違反ないし権利の濫用を肯定することはできない。

七  控訴人の相殺の主張

1  控訴人は、昭和六三年一月二五日ころ到達の書面で相殺した旨主張する。しかし、前記四6で認定した同日付けの書面の記載内容自体、受働債権額は明らかでない等相殺の趣旨は明確ではないし、その後に提起した本件訴訟の主張でも相殺をしたことを前提とする主張はされていなかったから、右書面をもって相殺の意思表示があったと解することはできない。

2  控訴人が当番の第三回口頭弁論期日である平成四年一〇月一三日に相殺の意思表示をしたことは明らかである。

しかし、控訴人は、これより前の平成四年五月一三日、損害賠償金八二万四〇〇〇円を提供した上、仮執行宣言付の原判決に基づき、請負代金一一五九万八八三七円の支払いを受けている(乙第一五号証)。

控訴人としては右の請負代金債権と損害賠償債務とを相殺できたのに、それをせずに右のとおり損害賠償債務の弁済を提供して請負代金債権につき仮執行をしておきながら、その後になって相殺の意思表示をして先の仮執行の効力を覆すようなことは許されないと解するのが相当である。けだし、控訴人は、右の反対給付を提供して仮執行に着手した時点で相殺権は放棄したものと認めるのが相当だからである。

3  したがって、控訴人の相殺の主張は失当である。

八  被控訴人は、前記の瑕疵による損害賠償によっても償われない損害を被った旨主張するが、右損害を認めるに足りる証拠はない。

九  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、損害賠償金一三二万一三〇〇円を支払うのと引き換えに請負代金一一八四万四一四七円の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないと認められるべきであるが、原判決が控訴人に引換給付を命じたのは八二万四〇〇〇円であり、かつ、被控訴人は、原判決に対し控訴も附帯控訴も申し立てていないから、民訴法三八五条にしたがい原判決を変更して被控訴人に控訴人が八二万四〇〇〇円を支払うのと引き換えに控訴人に対し一一八四万四一四七円を支払うことを命ずることとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例